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笹やん 八重桜

午後4時頃、僕らはバイト先の冷凍食品センターの
事務所脇にある自販機で、それぞれ飲み物を買って、
ひと休みすることにしました。

もちろん、笹やんも一緒です。

笹やんは、ドカッ!とベンチに腰掛けて、タバコを
取り出し、1本くわえると火を点けました。

  ふぅ~~

口から煙を吐きながら、ゆったりくつろぐ笹やんでしたが、
そこへセンター長がやって来ました。

  おい!笹○!
  たくさんのカゴ車が通路に
  置きっ放しになっとるゾ!
  ちゃんと整理しろよ!

いきなり怒鳴られ、寝耳に水と言った感じでビックリした
様子の笹やん。。。

  は…?

何のコトか…と言った感じでセンター長を見返します。

  は?じゃねーわ!
  あんな所に置いたら作業の
  邪魔になるやろ!
  いつも通り西側の通路脇に
  片づけてから休憩しろや!

センター長に言われ、察しがついたのか…

  ええっ?
  どこに置いてあるんですか?
  ハヤカワの野郎に、ちゃんと西側の
  通路脇へカゴ車を折りたたんで
  置いとけって言ったのに…

笹やんが、そう言うと、

  ハヤカワか…?
  そのまんま出庫通路に置きっ放しに
  なっとるゾ!
  っつーか、ハヤカワひとりにやらすなよ!

センター長が少し呆れ気味に言いました。

  いやぁ、あの野郎、今日、
  遅刻してきたんで、バツとして
  ひとりで片づけさせてやろうと
  思って…
  ちゃんと言ったのになぁ~
  やっぱ、あの野郎じゃムリかぁ~

呑気そうに言う笹やん。ちょうどそこへハヤカワさんが
眩しそうな目つきをして歩いて来ました。

同じく数名の熟年女子バイトたちも、こちらへ歩いて
来ます。

  おい、ハヤカワ、おまえなぁ…

笹やんが言い掛けたところへ、女子バイトのマエダさんが、

  あら!
  コレって八重桜じゃない?
  ほら、花が咲いてる!

ちょっと驚いたように、そして、嬉しそうに言いました。

  あぁ、マエダさんは、まだ1年に
  ならないから知らないわね。
  この1本だけが八重桜なのよ。
  ほかは全部、ソメイヨシノだけどねぇ

隣にいたベテラン女子バイトが、マエダさんに言いました。

僕も忘れていましたが、確かに、このセンターの敷地内には
数本の桜が植えられていて、この自販機の近くに植えてある
桜だけは八重桜で、今、蕾が大きく膨らんできています。

その中で、ひとつ、ふたつ…

淡いピンクの花びらが重なって、小さいですが凛とした
風情で花を咲かせているのでした。

  綺麗ねぇ…
  やっぱり桜ってイイわね☆


  春が来たーーって感じに
  なるよね☆


  今度の日曜辺りは五分咲きか
  七分咲きくらいになるかしらねぇ

そんな熟年女子バイトたちの会話によって、笹やんも
センター長も、ハヤカワさんを注意する気を失くして
しまったようで、その場にいた全員が、わずかに咲いて
いる八重桜の花を見つめたのです。

  ねえ、ここでお花見とか
  しないの?

突然、マエダさんが言いました。

目の前の八重桜の木は、まだ幹が細くて、どこかしら
頼りなげですが、ほかのソメイヨシノは枝振りも良く
満開になれば、それなりにお花見も盛り上がることで
しょう。

そんなマエダさんの発言に、笹やんは妙に敏感に反応
しているのか、ジーっとマエダさんを見つめています。

  マエダさんと花見がしたい!!

たぶん、笹やんは心の中で、こう叫んでいるのでは
ないでしょうか?

それにしても…

お花見かぁ…、そんなの何年もやってないから気にした
こともなかったなぁ…と、僕が思っていると、

  むか~しは、やってたんだよ。
  ね!センター長

意味深な表情で、熟年女子バイトのリーダー格である
キノシタさんが、センター長に言いました。

すると、センター長もまた意味深にニヤリと笑ったのです。

  なんスか?
   なんスか?

若手バイトや、数人の女子バイトまで、好奇の目でセンター長
やキノシタさんを見て、話を続けるよう促しました。

これに応じてセンター長が、笹やんを見ながら言いました。

  もう10年以上前になるかぁ?
  なあ、笹○!

笹やん、やや顔をこわばらせつつ、知らんフリ…。

  そうだよ!
  10年以上だよ!

キノシタさんも笹やんをチラ見してから、センター長に
向って言いました。

  そうだよなぁ、
  まだオレが配送管理の
  仕事してた頃だもんなぁ…

センター長が言えば、キノシタさんも、

  あの頃はホント、大っぴらに
  盛り上がってたねー☆

楽しそうに言いました。

センター長によると、その頃は夜になると退勤した社員、
バイトたちが集まり、ほぼ連日のように酒や食べ物を
持ち込んで、構内で夜桜を楽しんだそうです。

しかし、センターは24時間稼働であり、常に何名もの人員が
働いていることを考え、構内での飲酒は不謹慎であるとの
見解から禁止になったそうです。

が…

  花見が禁止になった
  最大の原因はコイツや!

そう言って、センター長は笹やんを指差しました。

そこでバツの悪そうに苦笑いする笹やん。。。

ニヤリと笑いながらセンター長は語ります。

  コイツがベロベロに酔っ払いやがって、
  女子バイトに抱きつくわ、追い駆け回すわ…
  そのうちに他の社員と口喧嘩になって、
  ワケわからんこと言い合っていると思ったら、
  つかみ合いのケンカになってなぁ…
  そう言えば、あの時に思いっきり転んで、
  それでおまえの下の前歯2本、折れたンちゃうか?

また、キノシタさんも大きな声で、

  おい、笹やん!
  アンタ覚えとるか?
  わたしの胸、触りまくって、
  押し倒したンやで!
  あの頃、わたしは女盛りだ!
  なあ、おい、笹やん!
  覚えとらんのか!?

そう言うと、

  知るか…

全く違う方向を向いて、力無く答える笹やん…。


そうか、そうだったのか!

笹やんは、以前から「もう酒は止めた」と言っており、
今は飲まないそうですが、その頃はメッチャ酒癖の悪い
おっさんやったんかぁ…と、歴史の一部を見る思いです。

これを機に笹やんは、酒を止めることにしたのかな…?

それと、笹やんの下の前歯が折れたのも、その場面の中
だったとは…

何だか感慨深いモノがあるような…


  それに、違いますよ。
  オレの歯は、その前から
  折れてたし…

少し間を空けて笹やんが言い出したのが、この言葉。。。

ここで全員爆笑…

  どーでもエエわ!
  おまえの歯なんか!

心から愉快そうに笑いながらセンター長が言いました。

  何にしろ、泥酔して折ったンやろ?
  その前歯…

と、キノシタさんにもからかわれる笹やん。。。

こうして、笹やんは一人、周りから笑われ、さらし者状態。。。

そんな光景を、八重桜の花だけは静かに見ているのでした。
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