笹やん 禅問答

先週あたりから、この冷凍食品センターに社員として
入ってきたイトーさん。

歳は、僕と同じぐらいの30半ば…、だと思います。

ただ僕と違って、痩せ気味で、髪は長め。

そんなイトーさんと、僕はまだ話をしたこともなく、今日も
朝、顔を合わせたときに挨拶をした程度です。

笹やんから聞いたところでは、ここへ来る前、電機メーカーの
工場で働いていたそうです。

　　このセンターでおこなっている
　　作業ミス撲滅のための改善活動に
　　強く興味を持ってやってまいりました。
　　よろしくお願いします。

最初、ここへ来たとき、そんなふうに社員たちの前で挨拶を
したそうです。

　　何だか知らねーけど、
　　エラそうに理屈ばっか
　　言いやがって…

笹やんは、イトーさんのことを、そんなふうに言っています。

　　口ばっか動いて、全然
　　身体は動かねーんだから…、
　　ったく！

とも言ってます。

また、バイト仲間からは、陰で“泳ぎ目のイトー”と呼ばれて
いるらしく、

　　この前も作業の手順がおかしいとか
　　注意してきたんで、バタバタしてる時で、
　　ちょっとオレもムッしちゃって、
　　じゃあ、どーゆー手順が正しいんですか？って
　　聞いたら、すぐに答えられなくて、
　　キョロキョロ左右に目を泳がせて…、
　　いや、それもすごい泳がせ方でサァ！
　　あんなにキョロキョロ、目ぇ泳がせるヤツって
　　見たことないね。

だそうです。。。

別のバイトからは、

　　昨日、笹やんさんが掃除用具入れの
　　整頓するのを忘れてたらしく、
　　イトーさんに注意されてたよ。
　　「笹○さん、今週は整頓係になって
　　いるんですから、ちゃんと責任もって
　　やってください。改善リーダーとしての
　　示しがつかないじゃないですか！」
　　なんて言ってたよ。
　　それで笹やんさん、めっちゃムッとした
　　顔しながら、コソコソと整頓してたよ。

そうか、それで笹やん、イトーさんのこと悪く言ってるんだ。。。


そして昼休憩が終わり、午後からの作業に入ろうとしていた頃、
本来ならば作業場に用意されているはずのトレーが出されて
いません。。。

このトレーは出庫した細かい商品を入れるためのもので、
いつも2ヵ所ぐらいにまとめて積んで置いてあるはずのもの
です。

　　ちぇっ！
　　しょーがねーなー！
　　誰だ？　今日の係は？

とか言いながら、笹やんは結局、僕らバイトにトレーの用意を
指示して作業を始めることになりましたが…、

どうやらイトーさんが係になっていたらしく、それを知った
笹やん、ここぞ！とばかりに活き活きとした顔色になって、
通り掛かったイトーさんを呼び、その場で説教を始めました。


　　オマエだって忘れたんじゃねーか！
　　作業始める時間が遅れたゾ！

と、笹やんが言ったのに対し、イトーさんは素直に謝れば、
それで終わったんですが、

　　いいえ、僕はバイトの××君たちに
　　指示しておきました。

と、自分が悪くないみたいな言い方をしたもんですから、
笹やん、ムッと来たようで、

　　指示しようと何だろうと
　　オマエ、係なんだゾ！

と言うと、

　　わかってます。
　　係としてバイトに指示しました。

と返すイトーさん。。。

　　指示したって出してなきゃ
　　意味ないじゃんねぇ！
　　オマエ、それでいいわけ？


　　いいとは言ってません。


　　じゃあ、なんだ！？


　　ですから、ここに来て、
　　トレーが出ているか確認に
　　来たんです。


　　よう言うなぁ！
　　オマエ、もう午後の作業
　　始まった時間だぞ！
　　確認なら、もっと前に来い！


　　別の場所も確認してました。
　　だから遅れたかも知れません。


　　遅れてイイと思っとるんか！？


　　いいとは言ってません。


　　じゃあ、なんだ！？


　　人間、一つのことしか出来ませんから。
　　ここを先に確認していれば、別のところが
　　遅くなるだけです。


　　だったら、間に合うように早めに
　　確認すればいいじゃんねぇ


　　そうしたいのは山々ですが、
　　ほかに用事もあるんで…


　　用事があったら遅れてイイんか？


　　いいとは言ってません。


　　じゃあ、なんだ！？


　　センター長から言われて、どうしても
　　手の掛かる用事だったんです。


　　どんな用事か知らんけど、
　　現場の仕事が遅れるのと
　　どっちが大事だ！？


　　遅れるって、そんな大幅な
　　遅れじゃないでしょ？


　　大幅じゃなかったらイイんか？


　　いいとは言ってません。


　　じゃあ、なんだ！？

僕らは作業しながら、うつむき気味になって、この様子を
チラ見しながら、ニヤニヤしていました。

そのうち、おっ！コレのことか！？と思わせるほどに、
イトーさんの目が泳いでました。

キョロキョロキョロキョロ…、

キョロキョロキョロキョロ…、

すごい速さで目を左右に泳がせてます。。。

毎秒3往復…ってのはオーバーかも知れませんけど、とにかく
それぐらい速いキョロキョロです！


かなり笹やんに追い詰められたイトーさん…、

　　遅れがひどいようなら、
　　僕も手伝います。


　　まだ商品のコト、よくわかっとらん
　　オマエには手伝わせん！


　　商品配ること以外でも、何か
　　作業はあるでしょ？


　　ならトレーをちゃんと出せ！


　　それはもう済んでるでしょ！


　　追加しなきゃならんかも知れん！


　　じゃ、どんだけ持ってこればいいですか？


　　もう少し様子見ないとわからんだろ！


　　じゃ、足りなくなるまで、ここでジッと
　　してられないんで、僕、別の場所で
　　作業してきます。


　　責任を果たさん気か！？


　　そうじゃなくて、他にやることも
　　あると思うんで…


　　やることがあれば、逃げてもイイんか？


　　いいとは言ってません。


　　じゃあ、なんだ！？

この段階で、プッ！と噴き出すバイトが1名。
それに釣られてクスクス笑うバイト1名。。。

しかし、この二人のやり取り、聞いているうちに、だんだん
理解できなくなってきました。

よくわからない二人のやり取り…、まさに禅問答と言っても
良いでしょう！


最後はイトーさんが、キョロキョロキョロキョロ、目を
泳がせながら、

　　わかりました！わかりました！
　　わたくしが悪うございました！
　　スミマセン！スミマセン！
　　どーもスミマセンでした！

と、まるで気持ちがこもっていない、半ばヤケ気味に笹やんへ
謝ってお開きとなりました。。。

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