笹やん 昔話

僕が敬愛してやまない、バイト先の冷凍食品センターの
社員、笹やん。

彼は、下の前歯2本がない…。

折れていて、ずっとそのままにしているようなのです。

話をしたり、笑ったりしたときは、イヤでも前歯を人に
見せることになります。

そのとき前歯がないと、とても目立ちます。

上の前歯がないと、もっと目立つことでしょう。。。

もう慣れっこになってはいますが、今でも僕は、笹やんと
話したり、笑ったりしているときは、どうしても彼の前歯に
目が行ってしまいます。

本人はまるで気にしていないみたいですが、でも、お肉や
野菜、特にきんぴらごぼうとか、ほうれん草のごま和えとか、
れんこんの煮たのとか、そういった類は食べ辛いんじゃ
ないかと、他人事ではありますが、妙に気に掛かります。


で…、

そんな笹やんの、下の前歯2本がなくなった理由を今日、
知ることが出来まして。。。


午後3時過ぎ、休憩しようと言うことになって、笹やんと
僕らバイト3人が、センターの事務所近くにある自販機で
コーヒーなどを買い、そこに置いてあるベンチに腰掛けて
雑談を始めました。

最初は出身地の話題になり、笹やんは、このセンターから
自動車で20分ほどの所にアパートを借りて住んでいると言い、
生まれは北九州だと言うことです。

　　30半ばでこっちに出てきてから、
　　全然帰っとらん…

そんなコトを言いながら、あっちの人間は気が荒いとか、
自分勝手なヤツが多いとか言っています。

自分勝手なヤツのひとりが笹やんでは…？

そんなコトが、ふと頭の中をよぎりましたが、僕は黙って
聞いていました。

それから笹やんが、北九州時代に地面を深く掘っていく仕事を
していた頃の昔話が少し続いたとき、バイトの一人がいきなり、

　　そう言えば、九州の人って、
　　お酒が強いんですよね？
　　やっぱり、今もかなり飲むんですか？

と笹やんへ尋ね出しました。

すると笹やん、ちょっと間を空け、遠くを見つめるような目で、

　　酒か…、
　　酒は、もうやめた…

と答えました。

肝臓とか、どこか悪くしたンすか？と、そのバイトが聞くと、

　　いや…、
　　身体は悪くなっとらん…

笹やんが、そう答えます。
そこへもう一人のバイトが、冗談めかした口調で、

　　あっ！分かった！
　　飲むと人間変わっちゃうとか！
　　もしかして酒乱！？

と、大きな声で言うのを笹やんが笑いながら、

　　そこまで酷く変わらん…、
　　ただ…、

と言いました。


ただ…、ただ…、何？

その次、どーしたの？

ねえ、ただ…、ただ…、なぁに？

ねえ…、聞かせてよ！

僕らは、そんなもどかしさを胸に抱きつつ、笹やんへ顔を近づけ、
彼の目をジッと見つめるのでした。


　　ただ…、ケンカは時々やった。
　　あっちの人間は気が荒いけんねー。
　　飲むと気も大きくなるけんねー。


時々ってゆーか、しょっちゅうだったんだろうな…、
取っ組み合いの大ゲンカだな、しかも。。。

そう思ったのは僕だけでなく、他のバイト2人も同じで、
その思いは一致していたと思います。

何となく分かるんです。

ちょっとした沈黙。

この間に、僕らは同じことを思い描いているって、そんな
テレパシーみたいな…、そんな思いが、互いに通じているんです。


そのうち、一人のバイトが思い切って尋ねました。

　　その下の前歯も、
　　酒の席のケンカで…？

コクリとあっさり頷く笹やん。。。

笹やんの昔話から酒の話題になり、下の前歯を失った笹やんの
秘密が今、明らかに！

　　仕事帰りに先輩に連れられて、
　　屋台で飲んでた時のことよ…、
　　もう、焼酎をストレートで5、6杯
　　飲んだ頃だったなぁ…、
　　その先輩ヅラした野郎が、オレの仕事の
　　出来がよくないとか文句言い出してきやがって…
　　それで言い争いになって、表出て殴り合いに
　　なって…、
　　オレは顔面直撃のパンチ食らって、こんなふうに…、
　　その先輩ヅラした野郎は屋台の柱で頭ぶつけて
　　5針縫った…

って血みどろじゃん！！


そして、その日の夕方、6時少し前。

バイトの一人が、別の社員から聞いたそうなんですが、笹やんの
酒癖の悪さは、このセンター内でも一時、問題になったそうで、
もう3年以上前のことらしいですが…、

センターの社員とバイトたち数人と飲みに行った際に、女子バイト
に抱きついたり、トイレまでついて行ったり…、

また社員のひとりを殴ったり…、そんなコトが数回あったそうで、
センター長から、こっぴどく叱られたそうです。

笹やんが酒をやめたのは、どうもその辺りからだそうで。。。

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タグ：笹やん 昔話 バイト