笹やん 身から出た錆

　　おぅ！
　　ちょっとわりぃけど、
　　掃除、手伝ってくれない？

バイト先の冷凍食品センターの社員、笹やんから
声を掛けられました。

　　は？
　　掃除…ですか？

僕が聞き返すと、笹やんは、

　　今朝、タカハシから電話があって、
　　急な用事が入って10時に
　　出勤するって言うんで、
　　わりぃけどトイレ掃除
　　手伝って。

笹やんは、拝むような素振りで顔の前に右手を上げて
言いました。

ここは各社員が交代でトイレを掃除することになって
いるようで、今日は笹やんとタカハシさんの当番だった
らしく…

そのタカハシさんが遅刻するとのことで、代わって僕を、
笹やんはトイレ掃除に指名したのでした…って、何でやねん!!

　　何でオレが!?

と腹の中で思っていると…、

　　すぐに終わるから。
　　サッと済ませちゃうから…

不気味とも思えるような人懐っこい笑顔を見せ、笹やんは
言いました。。。


ここのトイレは、決して新しいとは言えず、そしてキレイとも
言えず…

かと言って、めっちゃ汚れが染みついてるほどではなく…

それなりに使い古されて、それなりに臭いがこもってて…

そんな、それなりのトイレです。。。

そして、そんなトイレで、僕は笹やんの…

　　おーし！
　　水、出してくれぃ！

という指示に従い、ホースを繋いだ蛇口のコックをひねり
ました。

　　おい、もっと強く出せ！

笹やんが叫ぶので、僕はさらにコックをひねって、水の
出る量を大幅に増やしました。

笹やんは、手にしたホースの先を指で押さえ、勢いよく水を
放ちながら、トイレの床、便器、壁、さらには鏡…

あらゆる所へ、とにかくトイレ内の全てに勢いよく水を
ぶっ掛けているのでした。

　じょわぁぁぁ──っ

　　　じゃあぁぁ─────っ

　　しゅわぁぁぁ────っ

　じょじょじょぉぉぉ─────･･････

恐ろしく勢いのある水流の音が、トイレの中に響き渡り、

　　××××！
　　××××××っ!?
　　××××××××ー!!


　　×××××ーー!!


　　××××っ!!!

笹やんが何か言っているようですけど、聞き取れません。。。


　　やめ────いっ！

なんとか聞き取れました。。。

慌てて僕は、コックを締めて、水を止めました。

笹やんは、若干、髪と顔を水で濡らしながら、

　　よぅし！
　　掃除完了っ！

と、威勢よく言いました。

　　へ…？

と、僕は思ったです。。。

ただ勢いよくトイレ中に放水して、それで…、それだけで、
掃除したってコト…？

ちなみに、僕はウチのトイレを掃除しています。

毎日ではありません。
週に3回、僕がトイレを掃除します。

本当は毎日、掃除した方がイイかも知れませんが、週3が
何となく限界です。

そう…、ウチでは僕しかトイレを掃除しません。。。

ウチには悪妻と13歳になる娘がいるのですが、どういう
理由からかアイツらは、トイレを汚すことはあれ、
清めることはしません…。

そんな僕が、敢えて言わせてもらいますけど…

　　ただ勢いよく放水しただけで
　　掃除って…、コレ…
　　あり得なくねーっ!?

ってわけです。

ただトイレの周りが、水浸しになっただけで、こんなのって…

　　しつけの悪いガキの
　　水遊びじゃん！

ってわけで。。。

でも、まぁ…

ぶっちゃけ、ここのトイレ掃除をシッカリやる気もない僕は、

　　は～い☆
　　お疲れ様っしたぁー！

そう言いながら、ホースを巻いて片づけました。

と…、

これが9時を少し過ぎた頃のことでした。

そして…、

　　おいっ！
　　笹○！

9時半ごろ、センター長が怒気を含んだ顔つきで、笹やんを
呼び止め、さらに、

　　今日、トイレの掃除したのは
　　おめーだろ！？
　　なぁ？
　　なんやアレ？
　　そこら中、水浸しで…、
　　もう至る所がビチョビチョに
　　なっとるやないか！
　　なぁ？
　　エエ加減にしとけよっ！
　　水撒いて掃除した気になるなっつーの！
　　今までオメー、あんなヤリ方しとったンか！？
　　なぁ？
　　ちゃんと掃除しろよッ！

と怒鳴りました。

すると笹やん、妙に落ち着き払った表情で、

　　今日はタカハシが居なかったんで、
　　あいつ、急に遅刻するなんて
　　電話してきやがって…
　　ったく、困った野郎で…

そんなコトを言う笹やんを、キョトン顔で見るセンター長…

　　タカハシって…、
　　おめー、そんなこと理由になるかッ！
　　って言うか、おめー、まさか…
　　トイレの掃除当番を毎回、タカハシに
　　丸投げしとるンかいッ！？

再び怒気を全面に出して、声を大にするセンター長。。。

　　丸投げってなんスか？
　　イヤだなぁ…
　　オレが全然、掃除してないみたいな
　　言い方じゃないッスかぁ

あくまでもトボケ顔で対応する笹やん。。。

　　してないやろッ！
　　全然してねーじゃねーか!!
　　あんな水浸しにしただけで
　　掃除した気になっとるってコトは
　　これまで、ずっとタカハシに
　　やらせてたってコトやろ！


　　いや、そんなコトは…

そう言い、モゴモゴと聞き取りにくい言い訳をする笹やん。。。

　　とにかくやり直しだ！
　　今からトイレ、ちゃんと
　　掃除してこいや!!

と、笹やんに怒声を浴びせるセンター長。

　　モゴモゴ･････
　　もごモゴモゴ･･･
　　もごもご。。。

チラッと僕を横目に見ながら、何かブツブツ言う笹やん。。。

そして、少し不貞腐れた顔で、

　　しゃーない…、
　　行くか！

と、僕に言いながら、笹やんがトイレへ向かおうとすると、

　　バイトを使うな！
　　おめーが一人でやってこい！
　　バイトは掃除させるために
　　雇っとるンやないぞ！

ピシャリとセンター長に言われると、

　　え゛ぇぇ───ッ？！
　　そんなぁ！
　　いつも二人でやってるのに、
　　何でオレひとりで…？

目を三角にして抗議する笹やん。

　　トイレ中、水浸しにした
　　バツに決まっとるやろ！

さらにピシャリと笹やんを冷たくあしらうセンター長。

　　そんなぁ！
　　もうそろそろタカハシが来るんで、
　　アイツが来てからでイイでしょ？


　　アカン！
　　おめーが一人でやるンや！


　　何でっスか！？


　　だからバツやっつーの！


　　今日も出庫量が多くて、忙しくて
　　掃除なんてやってられないじゃんね～…


　　それはおめーだけじゃないやろ！
　　ほかの社員だって、忙しい中、
　　時間を割いてちゃんと掃除しとるやろ！
　　何で、おめーは出来んのや！？


　　そんなの決まってるじゃんね～！
　　オレだけ、やたら出庫量が多い
　　納品先ばかり担当させられてるんで…


　　そんなコトあるか！
　　っつーか、その分、おめーには
　　バイト人数も多めにつけとるやろ！


　　そうですかぁ～？
　　そうは思えないんスけどね～…


　　そんなコト言ってる間に、
　　早よ掃除してこいや！


　　あっ！
　　タカハシだ☆

センター長と言い合っている笹やん、その前方から
タカハシさんがやって来たようです。

　　おーい、タカハシぃ☆

嬉々とした表情で手を振る笹やんに、

　　おめー、何回同じこと
　　言わすんや！
　　一人でやれって言っとるやろ！
　　今日は一人でやれッ！

センター長は、キッパリと命令しました。

　　タカハシぃ～！

それを無視するかのように、タカハシさんの名を呼び続ける
笹やん。。。

　　タカハシじゃねーわッ！
　　なぁ？
　　一人でやれと言っとるにも拘わらず、
　　おめー、オレの言うことが
　　聞こえんのか！？
　　こうなったら、今後はトイレの
　　掃除当番、おまえに専任させたろか？
　　なぁ？
　　まともにトイレの掃除が出来るまで、
　　ずっと一人で、おめーにやらせたるわ！

センター長に言われ、目をむきながら笹やんが言い返します。

　　って！
　　それは問題ッスよ！
　　大きな問題、大問題っ！
　　パワハラじゃんねー！

すると、センター長は冷た～い顔つきで、笹やんを見ながら、

　　パワハラ…？
　　どこがパワハラや！？
　　満足に掃除も出来んオメーを
　　更生させようと言うんやないか！
　　元はと言えば、おめーが
　　アカンのやろ！？
　　身から出た錆や！
　　わからんのか？

と言えば…、

　　サビだか、カビだか知りませんけど、
　　とにかくオレも忙しいんで…

屈せず抵抗する笹やん。

フン！っと荒い鼻息をして、センター長が言いました。

　　わかった！
　　今日は特別にオレがつきあってやるわ！
　　オレと一緒にトイレ掃除や！
　　それならエエやろ？

そう言われ、渋々同意した笹やんは、ようやくセンター長と
トイレへ向かって行きました。

そして…

15分後…

掃除を済ませたようですが、笹やんは、ほぼ全身びしょ濡れ…

一体何が…？

センター長によれば、ブラシで床をゴシゴシ磨いている最中に
すべって転んだそうで…

　　わっはっはっは！
　　自分で水浸しにしておいて、
　　そこで転んだからびしょ濡れや！
　　ホントに身から出た錆や。
　　わーっはっは！

心から楽しそうに大笑いしながら話すセンター長を、恨めし気に
見つつ、苦笑する笹やん。

その日、笹やんに近寄る人は少なく、みんなに避けられて
いました…。

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タグ：身から出た錆 笹やん