________________________________________________________________________

笹やん 羅針盤


  ヨコちゃーん!

  ハ~イ☆

ヨコちゃんが帰ってきた!

笹やんに呼ばれると、この軽快な返事が作業場内に心地よく
響き渡ります。

今朝、バイト先の冷凍食品センターへ行くと、ヨコちゃんが
いるではありませんか!

ヨコちゃんこと、ヨコイさんはヤセ型でボ~ッとした目つきの
どちらかと言いますと、あまり風采の上がらない男子で・・

それでも仕事振りは真面目で、人から呼ばれると、その外見からは
想像できないほど明快な澄みきった声で返事をするのです。

笹やんは、この返事が聞きたいばかりに、やたら・・

  ヨコちゃーん!

と、大声で呼ぶのです。

そのヨコちゃん、もう27歳になったそうです。

昨年の春、彼は、このバイト先で40代の女子バイトと不倫関係になり、
その女の旦那さんにバレてしまい、昨年12月、ここを辞めて行方が
わからなくなっていたみたいですが・・

  この前の水曜の夜、コンビニの入口で
  ヨコイとバッタリ会って…、
  それで駐車場で、しばらく話をした。

笹やんが、そう言って経緯を話してくれました。

ここを辞めて約半年ほど、ヨコイさんは特に何もすることなく
ぶらぶら過ごしていたらしいです。

そんなヨコイさんに、笹やんは言ったそうです。

  あのセンターでは何人もの男と女が
  くっついたり別れたりしている。
  別におまえも気にすることはない。
  オレはおまえの仕事振りを前から買って
  いるんだ。
  明日、コサカ(センター長)に話をしてやるから、
  おまえ、またやってみろ!

それで実際に笹やんは、センター長に話を通し、ヨコイさんは
昨日から、笹やんチームで仕事をすることになったのでした。

こうしてヨコちゃんは、笹やんのおかげで、とりあえず進路が
定まったわけで・・

  めでたし、めでたし☆

ってわけです。

で…

笹やんは、さらにヨコちゃんの面倒を見てやろうと言うつもり
なのか…

笹やんチームでは唯一の20代女子バイトであるアサイさんに
しつこく声を掛けているようで…

  どうだゼット、おまえも嬉しいだろ?
  ヨコちゃんが戻ってきてくれて。


  あ゛あ っ!?

アサイさんは現在、大学4年生。

ピチピチの…と、言いたいところですが…

彼女はバリバリの柔道女子でして、色黒で岩山を思わせるような
ガッシリした体型。

濃い顔立ち、特に目が濃いです…。

目に底知れぬ迫力と圧力があります。

そんな彼女のことを、笹やんは“ゼット”と呼んでます。

勝手にマジンガーZを連想した笹やんは、どれだけアサイさんに
抗議されても、ゼットと呼び続けています。。。

  なあ、ゼット。
  ヨコちゃんと付き合う気はないか?
  どうだ?


  あ゛あ っ!?

明らかに嫌悪感をにじませた濃い目つきで笹やんを睨むアサイさん。。。

そのアサイさんの近くにいた熟年女子バイトのひとりが、笹やんに
向って言いました。

  ちょっと笹やん。
  アサイさんは大手食品メーカーから
  内定もらったンだよ。


  えっ!?

これに驚く笹やん。

聞けば、先週、内定通知を受けたそうで、その会社は誰もが知っている
大手の飲料メーカーなのです。

  そうか、スゲエな!
  そいつは大したモンだ!

笹やん、そう言って、アサイさんを感心したような目で見ました。

でも…

  内定はイイが、ヨコちゃんと付き合う
  ことに支障はないだろ?
  なあ、どうだ?

しつこく言ってきます。

  ナニ言ってンのよ!
  だから、アサイさんはこれから
  いろいろ忙しいんだよ!
  ヨコちゃんと付き合ってるヒマは
  ないんだよ!

熟年女子バイトが、アサイさんをフォローしますが、笹やんは聞き入れる
ことなく…

  忙しいなんて、そんな…
  じゃあ、忙しくなる前に
  付き合いを始めちゃどうだ?

フン!と、アサイさんは鼻息を荒くして、こう言いました。

  本当は朝のうちに話そうと
  思っていたんだけど…、
  あたし、来月イッパイでバイト
  辞めさせてください。

  えっ!?
  何でか?

  これからゼミに毎回、出席して
  卒論の準備もあるし、いろいろ
  あるんで。

  いろいろって、何か?

  いろいろだっつーの!

前からですけど、アサイさんは笹やんに対し、完全にタメ口なのです。。。

  そうか…
  残念だけど、しょーがねーわナァ。

笹やんとしては、もっとアサイさんをイジっていたいのでしょう。。。
そんなことを言って、腕組みをしてから、

  それにしても、本当に大したモンだ。
  そんな大きな会社から、よく内定
  出たモンだなぁ。

と、しげしげとアサイさんを見て、

  おまえ、そこの会社の社長の
  ボディーガードに雇われたンか?

そう言った途端、周囲から笑い声が。。

  ちげぇーわッ!!

大声を出すアサイさん。。。

  まさか、事務仕事で雇われる
  わけじゃねーだろ?
  どう見ても、おまえ…、
  ケイリ(経理)じゃなくて
  ケイビ(警備)だ。

さらに笑いが起こります…。

  チッ!!

激しく舌打ちしてから、

  うっせーわッ!!
  まだ、どんな仕事になるか
  わからんワ!

と、吐き捨てるように言うアサイさん。

すると笹やんは、もう一度、しげしげと見て、

  その会社、おまえに何をさせようと
  しているンか?
  おまえが机に向かって仕事している姿や、
  商品サンプルを持って商談している姿が
  想像できん!

  うっせーわッ!!

  あっ!
  わかった!

  ・・・・・?

  もしかしてマスコットか?

  ・・・・・?

ここで笹やん、大きく両腕を上げて、

  まじーーん ごぉぉーーっ!
  ぶれすと ふぁいやぁーーーっ!

辺りに響き渡るほどの声を出しました。

  ひょっとして、大当たりしたりして…、
  そしたら有名になるぞ、おまえ!

  うっせーわッ!!

そう言ってから、アサイさんは怒るのもバカらしくなったのか、
背を向けて、商品の仕分け作業に入りました。。。


そして、午後7時…

正式に7月末日でバイトを辞めることをセンター長に承諾された
アサイさん。

熟年女子バイトたちは、アサイさんを囲んで、あれこれ激励の
言葉を贈っていました。

改めて来月になってから、記念品を贈る予定だとのことです。

アサイさんも嬉しそうに、頭を下げながらお礼を言っています。

そこへ、また笹やんが…

  まぁ、社会人として大海に出るわけだ。
  順風ばかりじゃない。荒波に揉まれることも
  あるだろう。
  冒険を避けて狭い範囲で終える航海もあれば、
  7つの海を渡る航海もある。

何やら真面目くさった顔で、アサイさんに言いました。

さらに続きます。

  広い海だろうが狭い海だろうが、
  しっかりと方向を決めて生きて
  行くことだ。
  要は自分らしく生きて行ければ、
  それでイイんだ。

そう言って、アサイさんを真っすぐ見る笹やん。

何か、むか~しの青春ドラマっぽくないッスか…?

  自分らしさを、ちゃんと持って行け!

芝居っ気たっぷりでキメる笹やん。

アサイさんは、キョトン顔です。。。

  おいおい、アサイ。
  こんな男の言うコト、まともに
  聞くことないゾ。。

横から熟年女子リーダー・キノシタさんが口を出します。

  何が「しっかり方向を決めて」だ。
  あっちこっち、方向の定まらない笹やんから、
  そんな言葉が出てくるとはよぉ…。

ここで笹やん、ちょっと苦い顔になり、キノシタさんを見ます。

  笹やんの言うコトを聞いていたら、
  進むべき方向もおかしくなってまうわ。。。

ここで周囲が爆笑。。。


  さあさあ、帰ろ、帰ろ。
  はいはい、お疲れさーん。

女子バイトたちは、揃って帰り支度をしました。

まぁ、笹やんには申し訳ないですけど…

キノシタさんが言う通り、笹やんの羅針盤では、ちょっと・・

でも、ヨコイさんの進路は決めましたけどね。。。
にほんブログ村 オヤジ日記ブログへ
にほんブログ村




nice!(2)  コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感